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朱のまえだれ

お稲荷さんの足元に並ぶ狐たちは、どこか現実の気配からわずかに離れている。
風が吹いても揺れないような静けさをたたえ、そこにいて、そこにいない。
その首元を飾る朱色の前垂れは、ご近所に住むご婦人の手によるもので布が持つ重みの理由が少しだけわかった気がした。

朱色は、稲荷大明神の色だという。
稲を育む太陽のように、明るく、熱く、ゆるぎない色。
稲穂が実ることの喜び、土の中に蓄えられた命の営み、それらを照らすための光。
そしてこの色には、魔を退ける力もあると伝えられてきた。

人は、見えないものに色を与えることで、触れることのできないものを抱こうとする。
朱は、そのための色なのかもしれない。
激しさではなく、深く染み入る強さをもって、祈りとともにある。

けれど、この朱のもとを辿れば、それは「丹(に)」…水銀を含む鉱物から生まれている。
毒を色に変え、色を守りに変えるという連なりは、まるで古い呪文のようだ。
かつては木材の防腐にも使われたという。朽ちないための毒。
祈りの色が、そんなかたちで現実と結びついていたことに、わずかな痛みのようなものを覚える。

神の使いの首元にある、手縫いの布。
それが、季節を越えてもなお色をとどめているのは、丹の力だけではなく、
その布を縫ったひとの、静かな願いが織り込まれているからかもしれない。

今日もまた、あの狐の前に立つ。
朱の色が、風の中でわずかに揺れた気がした。

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